槍玉 に 上げる。 「槍玉に挙げられる」の正しい使い方

自分のためにゲームやアニメを槍玉に上げる人たち

槍玉 に 上げる

当初はその店の店長の指導監督責任が問題視されていた。 しかし、最終的に軽率な行動をとったアルバイトの大学生2人が 槍玉に挙げられた。 クラスメイトは、いじめの首謀者として、1人の生徒を 槍玉に挙げた。 近年の不況・経済不振の責任の所在が不明確だ。 首相を 槍玉に挙げるべきではなかろうか。 どの例文も、「責任がある多くの人がいる中で特定の人が選ばれ、集中的に非難される」という状況になっています。 1つ目の例文のように、選ばれるのが複数人の場合でも使用します。 「槍玉に挙げる」の由来 「槍玉に挙げる」は、槍の先で人を突き上げ、お手玉のように扱う様子を表しています。 昔の戦では、敵の武将を討ち取ることが、自軍の勝利を意味しました。 そのため、敵の武将を討ち取ると、槍に武将を突き刺し、高々と掲げることで勝利をアピールしました。 「お手玉にように扱う」とは、突き刺した武将を別の人に渡し、再度高く掲げる様子を表しています。 このことが転じ、現在のような意味になりました。 まとめ 以上、この記事では「槍玉に挙げる」について解説しました。 読み方 槍玉 やりだま に挙げる 意味 ある人物や事柄を対象にして、集中的に非難や攻撃をすること 由来 討ち取った敵の武将を掲げ、さらす様子から 類義語 矛先を向ける、袋叩きにする、吊るし上げるなど 英語訳 single out someone for criticism 非難の対象として、一人を選び出す 「槍玉に挙げる」の由来は、実際に槍で人を突き刺す行為であり、残酷に思う人もいるでしょう。 しかし、ことわざ的な意味で「槍玉に挙げる」場合も、相手の社会的な死に繋がる場合があります。 現代ではSNSの発達により、何気ない動作が、大きく拡散される可能性もあるのです。 つまり、現代では自分が武将でなくとも「槍玉に挙がる」可能性があります。 十分注意しましょう。

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凧揚げと漢字で書きますが、「凧を揚げる」という漢字の使い方でよいの...

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「今回の騒動では、責任者である〇〇氏が槍玉にあげられる結果になりました。 」 TVのニュースの中で流れてきたこの言葉。 家事をしながらふと、耳に入ってきたため、前後の話の内容がわからず、 「槍玉にあげる」という部分だけが異様に頭に残ってしまいました。 前後の話の流れがわかっていればなんとなく言葉の理解もできたのかもしれませんが、この部分だけでは全く意味がわからず、頭の中には「?」ばかり… そこで今回は 槍玉にあげるの意味や、言葉の由来について調べてみました! 調べてみて分かったのですが、出来ることならあまり使いたくない言葉かもしれません… 実際には使いたくはない言葉ですが、言葉の意味を知っておくことはあなたにとってプラスになると思うので、ぜひ読んでみてください。 スポンサーリンク 槍玉にあげるの語源とは? 槍玉にあげるは、 人を槍で突き刺し、そのまま高く掲げ手玉のように操る様子に由来しています。 その状況が転じて、大勢の中から選び出して責め立てるという意味になったのです。 ちなみに、「槍玉」とは、槍を手玉のように自在に扱う様子を意味しています。 「手玉」とは「お手玉」のことで、「槍」をお手玉のように扱うってどんな状態? 実は、戦が日常的に行われていた時代、敵の武将を仕留めれば戦に勝ったも同然。 敵将を仕留めたことを周りに知らしめるために、その武将を槍で刺したまま高く掲げました。 さらにはその状態から放り投げ、別の人がまた槍で刺し高く掲げる様を表しています。 かなり残酷な状況ですよね… その状況から 「高くつき上げる」様子が転じて「槍玉をあげる」という言葉がうまれました。 そんな状況からうまれた「槍玉をあげる」という言葉もそれだけ残酷な状況を意味しているということになるわけです。 非難の対象になってしまった側が、この表現を使う時には「槍玉にあげられた」という風に使われます。 槍玉にあげるの使い方・例文! 「槍玉をあげる」の言葉の意味と語源がわかると、そう簡単に使ってよい言葉ではないような気がしますね。 ましてや使い方を間違えてしまうと、 相手に対して不快感を与えてしまうこともあるので注意して使う必要があります。 それでは、「槍玉にあげる」の正しい使い方についてみていきましょう。 「今回の建設現場での事故に関しては、現場責任者が槍玉にあげられた。 」 建設中の建物の足場の一部が歩行者に落下し、重体に陥るという事故が発生した。 現場にいた作業員は複数名おり、さらに落下した足場を組んだ担当者はその日は不在であった。 警察からの事情聴取に始まり、被害者側への謝罪などすべてを現場責任者が行うこととなり、マスコミに取り上げられ多くの非難を受ける結果となった。 「市民は再開発の予算問題の不透明さに対して、市長を槍玉にあげた」 昔からある市内の商店街も今ではシャッターの閉まった店舗の方が多い状態になってしまった。 市は商店街に再び賑やかさを取り戻そうと再開発を計画している。 しかし、その予算案の内容に不透明さが多く、市民の納得できるものではなかった。 市民の声を受け、市長が説明会を行ったが市民の納得を得るどころか、市長に対する不信感は拭えず、抗議の声しか上がらなかった。 市長が何を言おうとも、市民からの反対意見は絶えず、総攻撃を受けることとなった。 挙句の果てに、市長になる前の女性関係が浮き上がるなどし、市長は辞任を余儀なくされたしまった。 スポンサーリンク さいごに いかがでしたか? 「槍玉にあげる」の意味や語源についてご紹介しましたが、この言葉は知れば知るほどとても恐ろしい言葉であることが理解できますね。 どんな地位にいた方であっても、一度槍玉にあげられてしまうと再びその位置に戻ることはかなり厳しいものになりそうです。 「槍玉にあげる」と同じ意味をもつ言葉には、 「袋叩きにする」「つるし上げる」「滅多打ちにする」などがあります。 どの言葉にしても自分がその立場になると考えたら恐ろしいですよね。 よほどのことをしてしまわない限り、あなたが「槍玉にあげられる」ことはないとは思いますが、何が起きるのかわからない時代です。 「槍玉にあがる」人生にならないようにしたいものですね。 関連記事 一部広告含む•

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【槍玉に上げる】ということわざはどんな意味があるの?

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交際男性を殺害した女性が「アニメを真似た」と語る 交際していた男性を牛刀で刺したあと、金属バットで殴って殺害した女性が先日逮捕されました。 その女性は「殺害方法はアニメを真似た」と語ったそうです。 で、そのニュース画面。 個人的には違和感がありますね。 なぜ、殺害方法でアニメを真似たからここまで強調されなければいけないのでしょうか。 少なくとも映画や小説などであれば、これほど強調はされなかったでしょう。 アニメのせいで人を殺した、と受け取らせたいのかと勘ぐってしまいます。 アニメやゲームはこういった事件が起こった場合、槍玉にあげられることがすごく多く感じます。 特にTVニュースではそれが顕著です。 犯罪に手を染める人格の問題 アニメの数は10年前に比べて倍以上に増えました。 しかし犯罪率はそれと反比例して低下しています。 2010年からは犯罪の死亡被害者数がはじめて1000件を下回り、2013年では819件とさらに減少しているのです。 そんな状況の中、『殺害方法はアニメを真似た』とテロップで大きく表示するTV局の姿勢には疑問を抱かざるを得ません。 結局、 犯罪をおかすかどうかは人格の問題であり、アニメやゲームのせいにするのってお門違いなんですよね。 アニメを見たから人を殺すのではなく、 人を殺すに至る動機が生まれた過程な環境などにもっと焦点を当てて放映すべきと感じます。 現実が直視できていない人たちが自分のために叩く 某TV局の社長は 「視聴率低下のきっかけは震災」と語っています。 震災によりワクワク感やドキドキ感が絵空事に見えてしまうようになった、と。 はっきりいって、見当はずれもいいところです。 この方の言っていることが正しいなら、世の中のエンタテイメント事業はすべて業績が悪化してしまっているはずです。 ですが、現実はそうではありません。 日テレとかテレ東とか業績上がってますよね。 ちなみにウチの場合、震災時はゲームを買い求めに来る人が増えていました。 世の中の人がワクワクやドキドキを絵空事に見ていたなら、とてもゲームなんて買う気になれなかったでしょう。 暗いニュースが連日TVを賑わせる中、楽しい体験や喜びを感じたいと思った人が買いに来てくれたのでしょう。 話は変わって一時期世に知られた 『ゲーム脳』という言葉、みなさんご存知でしょうか。 提唱者の森昭雄さんは今どんな著書を出しているかというと… ネ ト ゲ 脳 坊主憎けりゃ袈裟まで憎い、ですね。 この人はゲームというものにものすごく 個人的な憎しみを抱いていて、それを批判できるならもはや何でも良いのでしょう。 TVがアニメやゲームを槍玉に上げる姿勢もこれに似たような印象です。 アニメやゲームは低俗なものだからダメ、犯罪に繋がる悪いもの、というレッテルをとにかく貼りたがってます。 いつになったらこのあたりの考えから脱却できるんでしょうか。 ゲームやアニメは良いものだ 少なくとも自分は一般の人の数十倍、ゲームやアニメを楽しんでいます。 それぞれいい影響を受けていますし、何より 人生が楽しく彩られたことは間違いありません。 ゲームやアニメの製作者も、遊ぶ人観る人に楽しい体験をして欲しいと思い製作しています。 もはや映画や小説と同じく文化でありエンタテイメントの一角をしっかり担っているのです。 こういった穿った報道姿勢が早く改善され、エンタテイメントに対しての理解やスタンスが変わればいいですね。

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