練馬 とんかつ まる とし。 焼身自殺濃厚の練馬「とんかつ店主」 苦学で慶応、日大大学院を卒業したインテリの素顔|ニフティニュース

【悲報】練馬区のとんかつ店「まるとし」が火災 / 亡くなった店主「消毒液が手に入らない」と苦悩もらす | バズプラスニュース

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打ち水で、一本道が潤うように 3つの商店街がつながった! 練馬はアツい!? その熱気を和らげてくれる、日本伝統の打ち水。 7月24日〜31日まで、北町の3商店街にて「打ち水大作戦」が行われます。 2005年にスタートし、9年目に突入した北町の風物詩です。 「旧川越街道沿いに、北一商店街、きたまち商店街、ニュー北町商店街という3つの商店街が連なっていますが、お客様にとっては1本に続く商店街…。 なんとかもっと連携を深めたい、という思いで始めました」 と語るのは、仕掛け人の若山太郎さん。 1年目は発案したきたまち商店街で、2年目にニュー北町商店街が加わり、3年目に北一商店街が参加! 夢がようやく実現しました。 とんかつ店を営むだけあり、店主の気持ちはよくわかる若山さん。 「一線超えたら、みんな気持ちはあったかい」という、その一線を超えるため、客として足を運ぶなど、地道につながりを築いてきました。 「さらに、もっと多くの方に参加してもらおうと、5年目に始めたのが、『環境ぬり絵コンクール』です。 近所の子どもたちにぬり絵をしてもらい、打ち水協力店に貼り出しています」 参加者全員の子どもたちに賞を作って、賞状を渡すといったきめ細かな対応。 そうしたところ、親子でぬり絵を見に来てくれたり、店ばかりか街全体にいい効果があったと若山さんは言います。 「次の世代である子どもたちに、思い出も作りたかったんです。 商店街は、お店だけのものじゃないですからね」 取材日の打ち水に協力してくれた中には、まさに次世代のエースとなる小学生も混じっていました。 「俺もやりたい!」と飛び入りの男の子も。 打ち水を通して、自然に笑顔でつながっていきました。 努力して結果を出し伝えたら… きっと誰かが認めてくれる 打ち水に限らず、商店街全体を考え、「北町逸ピン!」、「北町旧跡研究会」など、様々な企画を発案・参加している若山さん。 プロフィールの肩書を見ただけでも…忙しそう! そこまで頑張る理由とは? 「シンプルですけど、自分の店のことだけ考えてていいのかなと。 地域をつなげて、もっと地域をよくする。 それがお客様の幸せにもつながると思うんです。 まあ、純粋なキャラなんですよ、僕!(笑)」 と陽気に笑い飛ばす若山さんですが、過去の苦労があってこその今でした。 「親父が酒浸りで、中学からバイトを始め、高校は住み込みで働きました。 夜間大学に通いながら当時は会社勤めをしていました。 大学の卒業証書を渡したら、親父はとても喜んでくれたんです。 中卒だった父の代わりに頑張ったのかも…」と語る若山さん。 その後、奥さんの実家のとんかつ屋を継ぐことに。 2001年、近くに大型スーパーができて、お店が傾いた時期でした。 「仕入れ先から全部見直しました。 得意な野菜が違うので、八百屋を5軒回ったりね。 足を使って3年で建て直しました」 「ひらめいたら必ずメモをとって、忠実に実行します。 目標を掲げて達成するのが好きなんですよ。 努力したら結果を出したい。 そして成し遂げたら、必ず人に伝えたい。 100人いたら1人くらいは、注目してくれる人がいるんですよ(笑)」 趣味のマラソンで受けたメダルの数々も、店内で輝いています。 「初めて出たレースで、インタビューを受けて。 それを見た人気業界誌が取材に来てくれました。 今回の打ち水もいろんな奇跡が重なったおかげで、広がっていきました!」 今年も夏の夕暮れ、3つの商店街が一本道を打ち水で潤していきます! (平成25年7月1日) 若山 太郎さん 1965年、埼玉県戸田市出身。 法政大学卒、慶応義塾大学経済学部卒、日本大学大学院総合社会情報研究科修了。 家計が苦しく、働きながら大学に通う。 通信制大学も地道に続け、11年かけて卒業した。 大学2年生で知り合った妻・理香さんと結婚。 妻の実家である「とんかつまるとし」を継ぎ、3代目となる。 商店街や地域活動にも精力的。 きたまち商店街振興組合の理事、ニュー北町商店街振興組合の副理事長、練馬区健康づくりサポーター、食育推進ネットワーク会議委員、東京商人会代表、練馬商人会会員などを兼任する。 東京都のリーダー塾は9年目で、そこでの出会いが情報源にもなっている。 「きたまち打ち水大作戦」の仕掛け人で、2010年には富山県南砺市で講演も行った。 練馬で好きな場所は、光が丘公園。 趣味のマラソンを始める原点になった思い出の場所。

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焼身自殺濃厚の練馬「とんかつ店主」 苦学で慶応、日大大学院を卒業したインテリの素顔(デイリー新潮)

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・新型コロナウイルスの影響で臨時休業 火災が発生したとんかつ屋「まるとし」は新型コロナウイルスの影響を受け、2020年4月13日 月曜日 から臨時休業していた。 店主は自身のFacebookにて「期間は、今の情勢を注視して判断し、今月末までは、働きたい気持ちを抑えて、事態の沈静化を願って感染予防に徹したいと考えております」と語っていた。 ・店主の優しい人柄のが伝わる投稿 その後、お店は休みとなったが店主はFacebookに投稿を続けた。 映画が好きなようで、連日、「アリスインワンダーランド」「メリーポピンズ リターンズ」「白雪姫と鏡の女王」「マレフィセント」など、オススメする映画の解説を掲載。 セレクトした作品や解説文からも、店主の優しい人柄のが伝わってくる。 ・消毒液が手に入れば営業再開か 2020年4月20日 水曜日 には、お店の再開のめどが立ちそうなコメントを残している。 店主はFacebookに「昨晩は、妻と子供たちに、近いうちに、商店街から、消毒液が配布されることが分かったので、マスクはもちろん、いろんな予防策を徹底しての時短営業のことについて、話し合いました」と書き込み。 そして2020年4月28日 火曜日 に、あまりにも辛い報告が書きこまれた。 ・店主の書き込み 「残念ながら、用意してもらえたと思っていた消毒液が先ほど確認したら、無理そうなので、家族みんなと事前に話したことで、また、振り出しに戻った状況になりました。 ご縁のあった皆様、中途半端な告知となり、申し訳ありませんでした。 まるとしは、皆様と全く同じ状況、首都圏の連携・協力あなたの命を、家族を、大切な人を、社会を守るため新型コロナウイルスの感染拡大をくい止める大型連休(4月25日~5月6日)の外出を自粛 STAY HOME ウチで過ごそう。 その言葉を、あらためて、心に刻みました。 いつもありがとうございます」 ・東京オリンピック聖火ランナー抜擢 それが店主の最後の書き込みとなった。 2020年4月30日 木曜日 の夜、お店で火災が発生し、店主は命を失った。 彼は東京オリンピックの聖火ランナーとして活躍する予定だったが、それも新型コロナウイルスによって2020年に現実することはなかった。

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東京都練馬区で火災!まるとし店主焼身自殺にみせかけた保険金目当て他殺か?

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新型コロナウイルスが蝕むのは体だけではない。 その毒性は心にも感染し、ときに死に至らせる。 感染拡大による将来に絶望していた東京都内の老舗とんかつ店の店主は、燃え上がる店の中で命を落とした。 聖火ランナーでもあり、商店街の人気者でもあった店主の遺書は見つかっていないが、過去に綴った手記には、いまは成人した3人の娘たちへのメッセージが遺されていた。 中から、店主の若山太郎さん(54)とみられる焼死体が見つかった。 油を大量に扱うとんかつ店なだけに事故の可能性もあるが、大量の油が遺体に付着していた。 警視庁光が丘署が自殺の可能性があるとみて調べているゆえんだ。 新型コロナウイルスの感染拡大を受けた緊急事態宣言の最中、東京都は特定警戒都道府県に指定され、多くの店が休業中。 まるとしも例外ではなく、4月13日から営業を縮小。 周囲によれば、売り上げが激減するにつれ、若山さんの表情は日に日に険しさを増していったという。 「コロナは長続きしそう。 もう店をやめるかも」 商店街の人たちにそんな悩みを漏らしていた若山さん。 営業再開に向けて消毒液の確保に奔走し、火災当日も仕込み作業までしていたが、悲観的な見通しを覆すことはついに果たせなかったようだ。 念願の選考に合格した聖火ランナーとしても、東京五輪の延期決定にひどく落胆していたことを、地元の人々は覚えている。 悲しいニュースとは一番縁遠い人こそが若山さんだった。 営業の傍ら慶応経済学部、日大大学院に通い、修士論文も 所属する2つの商店街の理事を兼務するなど、地元では知らぬ者のないバイタリティーあふれる商人。 妻の父親から継ぎ、3代目として切り盛りするとんかつ店では、営業の傍ら慶応大学経済学部、日本大学大学院に10年以上通い、修士論文も書き上げ、見事修了した。 米流通最大手「ウォルマート」の研究成果をひっさげ、売り上げ至上主義からの脱却、消費者至上主義の徹底などの経営改革を図って老舗をさらなる成長軌道に乗せた。 打ち水大会、阿波踊り大会、食育の推進。 地元活性化のため提案した施策も数知れず。 いつしか地元のミニコミだけでなく、テレビ、新聞にも取り上げられ、地域活性化に悩む他の自治体で講演をするまでになっていた。 地域に貢献を果たしてきた店主の明るいニュースの集大成が、昨年12月、2020年東京五輪の聖火ランナーに選定されたことだろう。 決まった当初、若山さんは家族や商店街の知人らに喜びを隠さなかったという。 店のホームページには、少しはにかんだような表情で聖火のトーチを掲げる写真が掲載されている。 娘達による手作りの表彰状などを励みに長年、マラソンに親しんできたことも選考に加味されたに違いない。 手記に綴られていた家族への愛情 積極的な活動を続けてきた若山さんだが、元来は口下手な部類だったようだ。 そんな自分を克服しようと始めた若山さんの手記がある。 電子書籍としても出版された手記では、商店街のことばかりではなく、普段はあまり言及することのない家族への思いもつまっている。 とんかつ店での日常、研究生活の悩み、商店街での活動などに加えて手記で目を引くのは家族への愛情だ。 日々成長する3人の娘への温かいまなざしが随所に感じられる。 フルマラソンに初挑戦したときもそうだ。 「1つのことを継続すること、強い心を持つこと」 《「何事も諦めない気持ち、1つのことを継続すること、強い心を持つこと」を伝えられればと思っていたけど、子供達にとっては僕と一緒に遊ぶことの方がうれしかったようだ。 でも何かしら心に残っただろう》 単なる手記ではないのは、娘や家族たちへの思いが込められていること。 家族に向け、自分の軌跡を残す意味合いもこもっていたことがわかる。 普段は背中で子供に語りかけるタイプという若山さんは、娘達に向けては、こんな願いを記している。 《僕は元来無口で、自分の気持ちを直接人に伝えるのは、得意ではない。 特に、子供たちには、自分の強さも弱さも、ありのまま見てもらうことで、それぞれがもって生まれた心を大事にしてほしい》 《店はたった一人ではできない》 書いている本人も、まさかこれが遺言として読まれることになるとは思ってもみなかっただろう。 店について、家族について、若山さんはこう書いた。 《店はたった一人ではできない。 皆で助け合わないと、営業はできない。 だからこそ、家族の絆は、自ずと強まっていくのであろう》 とんかつ店の店主として、夫として、3人娘の父親として、商店街の仕掛け人として。 誰かを支えることに徹してきた若山さんにとって、今年こそは聖火ランナーとして自らが主役として輝く年だったはずだ。 (末家 覚三/Webオリジナル(特集班)).

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